JRと地下鉄が乗り入れる四ツ谷駅

JR中央線・総武緩行線と東京メトロ丸ノ内線・南武線が乗り入れる四ツ谷駅は、東京都新宿区四谷と千代田区麹町の境に位置しています。JR専用改札は千代田区側ですが、東京メトロ専用改札は新宿区側に属しています。また、JRと丸ノ内線ホームの大半は千代田区側ですが、南北線ホームは新宿区側です。さらに、駅の南200mほどで港区元赤坂になるため駅南端の出口は赤坂口と呼ばれています。4線乗り入れにより東西南北四方へのアクセスも良く、東京駅や新宿駅までの所要時間は10分もかかりません。またJRでは、中央線通勤快特以下すべての通勤電車が停車するだけでなく、一部の中央本線の在来特急「かいじ」も停車します。駅は、国道20号線新宿通りと外堀通りの交差点辺りです。

四ツ谷駅界隈の様子

四ツ谷駅東側は千代田区で、駅前の南北に私立大学と私立高校があり、学生の街となっています。新宿通り沿いにはオフィス街が広がっていますが、路地を入れば紀尾井町や麹町、番町(五番町、六番町)といったレジデンス型の高級集合住宅が立ち並ぶ都内屈指の高級住宅街です。また駅東200mほどには精肉系の食品スーパーもあり、意外にも安価に食材が調達でき、生活感も感じられます。さらには、ベルギーやイスラエルなどの各国大使館も多く、セレブな外国人の多い街です。駅の南200mほどの港区元赤坂には迎賓館正門があり、国賓級の来日の際には、きわめて警備が厳重になります。駅西側の新宿区四谷は、新宿通りと外堀通り沿いや駅から半径およそ100m圏内は、オフィスや店舗の入る雑居ビルが集中している地です。その圏外は中層以下のマンションが立ち並んでいます。また新宿通り南側は寺社仏閣が多いのが特徴です。

四谷の歴史

四ツ谷駅の名は新宿区側の町名から命名されました。その四谷という名は、諸説ありますが、4つの谷に囲まれていたとか、茶屋が4軒あったなどと言われていますが、どれも決定力にかけており、定説には至っていません。ただ、この地は江戸開府直後の元和2年に整備された甲州街道(現新宿通り)の最初の宿場町大木戸宿に対して、江戸に入る関所がおかれた地で、四谷大木戸と呼ばれていました。また、千代田区側には、江戸城内に入るための城外門が置かれ、四ツ谷見附と呼ばれていました。外堀は某国営鉄道ホーム造成により、明治時代に埋め立てられてしまいましたが、現在のJRホーム上に架橋されている新宿通りの橋を四ツ谷見附橋と呼んでており、その名残を残しています

四谷の名店

新宿区側は、新宿通り沿いに飲食店を中心とした商店街が展開しています。東京大空襲にて、新宿区側は焼け野原となる大打撃を受けましたが、元々が江戸時代より甲州街道沿いであっただけに、老舗店もいくつか残っているのです。その中には、文久年間創業の佃煮店や、明治時代創業の焼き菓子店、大正時代創業の稲荷寿司店などがあり、ともに新宿通り沿いで営業しています。また飲食店では戦後まもなく創業のとんかつ店や、創業50年を超えるラーメン店などは、TVのグルメ番組や旅番組では常連として度々登場しているのです。しかし昨今ではシアトル系のカフェやコンビニ、フランチャイズやチェーン店系の居酒屋などが目立っています。

観光名所の多い四谷

四ツ谷駅界隈は観光名所の多い地でもあります。近代的な名所で代表的なものは港区側の迎賓館です。ただ、江戸時代からの名所となると新宿区側の新宿通り南側の寺社町に集中しています。中でも代表的なのが鶴屋南北の東海道四谷怪談ゆかりの地の於岩稲荷田宮稲荷神社です。また忍者服部半蔵が眠る西念寺や、豆腐地蔵のある東福院などもこの界隈の観光コースの一つに含まれています。

四ツ谷駅北西側の再開発計画

東京都と新宿区、都市整備機構では、四ツ谷駅の新宿区側、外堀通り沿いに再開発事業を計画しています。元区立小学校や財務省公務員宿舎跡地を一部に含んだ土地です。地上30階建て以上、高さ145m以上の高層タワービルディングを柱にした計画で、オフィスと住宅を含む複合型の商業施設が入る予定となっています。国(大蔵関連省庁)は早ければ2015年中に着工したいとしていますが、かつての甲州街道沿いだけに、2014年中は都環境局や文科省による文化財埋蔵調査が行われています。